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静岡地方裁判所浜松支部 昭和42年(ワ)193号 判決 1968年3月18日

原告

岡本はる

被告

千代田火災海上保険株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金一、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四二年七月三〇日以降右完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

一、原告は訴外亡岡本睦一の妻であり、被告は保険業を営む会社である。

二、訴外亡岡本睦一は昭和四一年四月二四日午後六時三〇分頃訴外亡寺沢長治(以下寺沢という。)の運転する乗用車(浜松五・す七九―〇七号)(以下寺沢運転の車という。)に訴外亡大野勇、訴外亡黒田明善、訴外足立桂介等と共に同乗し、静岡県浜名郡弁天島より浜松方面に東進中、同郡舞阪町長十諸新田一二九番地の二地先国道一号線において寺沢が先行車を追越そうとして道路の中央線の右側に出て進行したところ、道路の中央線寄りに西進して来た訴外小塚時弘(以下小塚という。)運転の小型乗用車(浜松五す六四―二七号)(以下小塚運転の車という。)と、それに接続して来た訴外石黒常雄運転のトラツクと、更に後続の訴外則政清和運転の小型自動車と順次衝突し、訴外亡岡本陸一は頭蓋骨々折により死亡した。(以下右衝突事故を本件事故という。)

三、本件事故は寺沢が前車を追越そうと制限速度を超えた高速で、かつ道路中央線の右側に出た過失があることは当然であるが、本件事故現場の道路の幅員は一一メートルのコンクリート舗装道路であつて更に両側に非舗装部分一メートルの余地があり、道路中央線は鋲及びペイントにて区画され、照明設備はないが、見透しの良い直線コースであつて、本件事故は小塚がキープレフトの原則に反し道路左側を走行せず、特別の理由(例えば追越し等)もないのに、道路中央線寄りに西進して来たことと、寺沢運転の車が高速で、かつ、前車を追越さんと道路の中央線の力側に出て来るのを現認したのであるから、事故防止のため相当メートル左へ避譲すべき義務があるのにかかわらず、前方注視の義務を怠るとともに漫然接触又は衝突しないものと軽信し僅かに一メートル程度左方へ避譲したために生じたもので、本件事故は小塚がキープレフトの原則に従つて進行しておれば生じなかつたものである。

従つて小塚にも過失がある。

四、そこで原告は昭和四一年五月下旬頃自動車損害賠償保障法第一六条にもとづき小塚運転の車について自動車損害賠償責任保険契約を締結している保険者である被告に対し保険金の支払を請求した。ところが被告は同年七月七日付浜松査定事務所名を以て小塚には本件事故についての責任はない。従つて保険の対象にならないとの理由で原告の請求を拒絶した。

五、しかし保険者が保険金支払を拒否し得るのは全然無過失である場合であつて、前記のとおり小塚に過失がある以上被告は原告に対し本件事故当時の死亡による保険金最高額金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払義務がある。よつて原告は被告に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年七月三〇日以降右完済に至る迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだ。

と陳述し、被告主張事実を否認し、

証拠として証人足立桂介の証言を援用し、乙第七号証の一ないし一〇の成立は不知、その他の乙号各証の成立は認めると述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張の一の事実は認める。同二の事実中小塚運転の車が道路の中央線寄りに西進して来たとある事実を否認しその他は認める。同三の事実中本件事故現場の道路の状況が原告主張のとおりであることは認める(但し非舗装部分一メートルの余地は歩道である。)がその他は否認する。同四の事実は認める。同五の事実は争う。

二、本件事故は、本件事故現場において寺沢が先行車の大型トラツクを追越す際飲酒の上対向車両に対する目測を誤り、かつ、時速約一〇〇粁近くと推定される速度で急にハンドルを右に切つて道路中央線を越えて道路の右側部分(対向する西進車の道路)に三メートル以上もはみ出して暴走して来たので、対向者両五台がそれぞれ危険を感じ路上左側に避けながら西進中に生じたものである。そして寺沢運転の車は対向車両の先行車である小塚運転の車とそれに後続の訴外石黒常雄運転の大型トラツクと更に後続の訴外則政清和運転の普通乗用車と次々に衝突し、寺沢運転の車は前方右側の畑地に転落し、訴外亡岡本睦一は頭蓋骨骨折等により死亡したものである。従つてその死因はいずれの自動車と衝突した際発生したものか不明であるが、本件事故は寺沢の重過失によるものである。

三、仮に訴外亡岡本睦一の死因が寺沢運転の車が小塚運転の車と衝突した際に生じたものとするも、小塚には運転上の過失はなかつた。すなわち、小塚は本件事故現場にさしかかる際道路中央線より左側一・五〇メートルの間隔を置いて時速約五〇粁で助手席に訴外牛田紘子を同乗させて西進したところ、小塚は寺沢運転の車が先行車の大型トラツク後方から突込み追越しをかけて進出して来るのを約三〇メートル手前で発見したので、そのまま進行すれば寺沢運転の車と衝突することは必至であるので、その危険を感じ急遽ブレーキをかけると同時に時速三〇粁程度に減速して左にハンドルを切つたが、そのアツという瞬時に寺沢運転の車が右側ボデイーの中央部に激突したものである。従つて小塚は本件事故防止のため万全の措置をとつたにもかかわらず、寺沢運転の車の速度があまりにも速く本件事故を避けることができなかつたのであつて、本件事故は不可抗力である。たとい小塚が更により以上左側に避譲し得たとしても本件事故を未然に防止する結果とならなかつたものである。

四、小塚運転の車には構造上の欠陥又は機能障害はなかつた。小塚運転の車は保有者である訴外静岡日野自動車株式会社が昭和四〇年一二月これを購入してから使用者である小塚が車両整備に必要な措置を施してきており、昭和四一年四月にはエンジン関係、ブレーキ関係を調整し本件事故のあつた昭和四一年四月二四日当時にはなんらの瑕疵もなく、本件事故当日も運行前に小塚において一応機能検査をしてその不備、不完全の個所のない事実を確めている。

五、以上の次第で本件事故については保有者においても、運転者である小塚にも自動車損害賠償保障法第三条にもとづく損害賠償の責任はないこととなるから、その責任の存在を前提とする原告の本訴は失当である。

と述べ、〔証拠略〕を援用した。

理由

原告主張の一の事実及び同二の事実中小塚運転の車が道路の中央線寄りに西進して来たとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

次に本件事故現場の道路の幅員は一一メートルのコンクリート舗装道路であつて、更に両側に非舗装部分一メートルの余地があり、道路中央線は鋲及びペイントにて区画され照明設備はないが見透しの良い直線コースであることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を綜合すると、右道路の両側は道路より低く畑地となつており、舗装部分の両側にある非舗装部分一メートルの余地は道路の路肩部分であつて、人家等はないこと小塚は本件事故当時道路中央線より左側に一メートルないし一・五〇メートル位入つたところを時速五〇粁位で西進しており、小塚運転の車の幅は二メートル弱であること、本件事故当時西進していた車両は小塚運転の車が先頭であつて前には車両がなく後方にはトラツクが接近してついており、その後方にも三、四台の車両が続いていたが後方の車両に追いつかれているような状況ではなかつたこと、小塚は前方三一・三〇メートルの地点で急に寺沢運転の車が道路の中央線より右側に車体全部をはみ出して時速一〇〇粁と推定される速度で小塚運転の車の進路を走つて来たので衝突を避けるため急遽ブレーキペタルを踏みハンドルを左に切つたが、その瞬間に寺沢運転の車は小塚運転の車の右横腹へ衝突し、小塚運転の車はハンドルを右にとられて道路右側へと転回するようになつて跳ね飛ばされ、道路外へ前部を東方に向けて転落し、寺沢運転の車は右衝突後小塚運転の車に追従して西進していた訴外石黒常男運転の大型貨物自動車の右前部とも衝突して更に右大型貨物自動車の後方を一台の車両を挾んで後続していた普通乗用車(ベレル)と衝突して道路南側の畑地に西を向いて右横倒しとなつたことが認められ、証人足立桂介の証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定によれば寺沢運転の車に同乗していた訴外亡岡本睦一の死因は前記三重衝突が競合した結果生じたものと認めるを相当とするので、小塚運転の車との衝突事故も同訴外人の死因をなしているものというべきである。

ところで車両の通行区分をたてまえとして道路の左側部分の左側を通行するいわゆるキープレフトの原則に改めたものと解せられる道路交通法第一八条は、型と性能において異なる多種類の車両によるいわゆる混合交通の行われているわが国道路の現状に鑑み、第一項において、原則として、車両(トロリーバスを除く)は車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、自動車及び原動機付自転車にあつては道路の左側に寄つて、軽車両にあつては道路の左側端に寄つてそれぞれ通行しなければならないと定め、例外の場合として追越しをするときなどを掲げている。そして同法第二七条は他の車両に迫いつかれた車両の注意義務を規定しているが、同条第二項は車両は車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き最高速度が高い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合においては第一八条の規定にかかわらず、できる限り道路の左側端によつてこれに進路を譲らなければならない。最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合において、その追いついた車両の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとするときも、同様とする。と規定している。これらの規定を通覧すると、道路交通法第一八条第一項の自動車及び原動機付自転車の観念上の通行区分である「道路の左側に寄つて」とは道路の左側部分の左の方に寄つてという意味であり、具体的には軽車両が道路の左側部分に寄つて通行するために必要とされる道路の部分を除いた道路の部分の左はしに寄つてということであり、また前記法条の軽車両の観念上の通行区分である「道路の左側端に寄つて」とは路肩部分を除いた道路の部分の左はしに寄つてという意味であると解するを相当とする。そうすると本件事故現場の道路の左側部分(舗装部分)の幅員は五・五〇メートルであることは既に認定したところにより明らかであるから自転車、荷車、馬車、牛車、リヤカーのような軽車両の通行に必要とされる道路の幅は約二メートルとみて、車体の幅が二メートル弱である小塚運転の車のような自動車の通行に必要とされる道路の幅は約二メートルとみるとき、小塚運転の車は道路中央線より約一・五〇メートル左側に寄つて通行すれば道路交通法第一八条第一項所定の「道路の左側に寄つて」という通行区分に違反しないこととなる。ところで既に認定したように小塚は本件事故当時道路中央線より左側に一メートルないし一・五〇メートル位入つたところを西進していて、しかも他の車両に追いつかれているような状況ではなかつたのであるから、小塚はキープレフトの原則に違反していなかつたものというべきである。もつとも前記認定の衝突の状況から結果的に判断して小塚が本件事故現場の道路を進行する際できる限り道路の中央線より左に遠ざかつて、例えば道路中央線より三メートル位左に寄つて進行していたならば本件事故を免れることができたであろうと推測されないことはない。しかし前記認定の衝突前後の状況からして寺沢に道路交通法第二八条第三項所定の追越しの際の注意義務を怠つて不適当な追越をしようとした過失のあることは明らかであつて、寺沢が不適当な追越しをすることが具体的に予想されるような特別の事情のあつたことの認められない本件においては、小塚としては対向車を運転する者が追越しをする際交通法規の定める追越しの際の注意義務を守つて行動することを期待し、かつ、予想することは当然許さるべきであるから、対向車両による不適当な追越し運転が行われることを予想してまでできる限り道路の中央線より左に遠ざかつて運転すべき注意義務はなかつたものというべきである。しかも前記認定により明らかなとおり、小塚が自己の進路前方約三一メートルの地点に寺沢運転の車を認めたとき、小塚運転の車は時速約五〇粁で、寺沢運転の車は時速一〇〇粁と推定される速度でそれぞれ進行していたのであるから、小塚が前記認定の衝突防止の措置をとらなかつたとしても約〇・七秒で双方の車両が衝突したことは必至であると認められるところ、運転者が危険を覚知してからこれを避けるため制動機操作又はハンドル操作をなすまでに要する時間は通常〇・四秒ないし〇・八秒であることが実験則上明らかであるから、小塚がハンドルを大きく左に切つたとしてもその効果を生ずるまでに既に衝突していたものと認めるべきである。従つて、前記認定の事実関係のもとでは小塚としては本件事故を免れるべき適切な措置をとることはできなかつたものというの外はなく、運転上必要な注意義務を怠つた過失はなかつたこととなる。

次に〔証拠略〕によれば小塚運転の車は小塚が昭和四〇年一一月頃訴外静岡日野自動車株式会社から所有権留保の割賦販売契約で買受け自己のため運行の用に供している中古車で完全な整備をして車検に合格しており、その後毎月定期検査をして整備を完全にしており、本件事故当日も小塚はエンジンオイル水などを調べて異状のないことを確めた後これを運転したことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はないので、小塚運転の車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたものというべきである。以上説明のとおり本件事故は寺沢の過失によるもので小塚は本件事故につき運転者としての過失責任がないのは勿論保有者として自動車損害賠償保障法第三条の保有者責任もないから、小塚に右責任のあることを前提とする原告の本訴は既にその前提において失当であるから、これを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 久利馨)

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